【訪問診療 体験談5】あらゆる手段で痛み止めを使いました 〜初春の陽光の中で〜 

クリニックブログ

高橋さんは六十歳代の男性の方。

 

喉頭癌で、喉頭全摘という手術を約二年前に受け、その後も肺転移に対して肺切除術、さらには骨転移に対して放射線治療、リンパ節転移に対して抗がん剤治療を行ってきた方です。

 

しかし残念ながら、いよいよ全身状態が悪くなって、最期は自宅で迎えたいとのご希望で私たちに紹介となった患者さんです。

 

喉頭全摘という手術を行った後は、気管切開部より呼吸を行い、また胃ろうなどから行う経管栄養を受ける必要があります。

 

ですから自宅に戻った後は、これらのサポートをしなければいけない状態であり、加えて痛みが強かったので、そのコントロールも必要な状況でした。

 

痛みのコントロールのために、入院中は皮下に持続的にモルヒネを注入していました。

 

この方法は、現時点では痛みに対しての治療の中で最も強力なもののひとつで、高橋さんの場合でも、自宅でその治療を継続していくことは必須でした。

 

そこで、携帯型の持続注入ポンプを使い、そのディスポーザブルの薬品バックにモルヒネを入れて、一定の速度で皮下に注入し、痛みが強い時には、ボタンを押すと、一時間で注入する薬剤量が一度に注入することができるという方法を使いました。

 

薬品バックへのモルヒネの充填は、薬剤師さんが太田市の共同利用の無菌調剤室を利用して行ってくれます。

 

さらに高橋さんの退院は、年末でしたので、携帯型ポンプに薬品を充填できる日が限られており、その日程の調整、また年末年始での薬品バックの交換を避けるために、ちょうど1週間使用できるように薬品量や注入速度を調整しました。

 

高橋さんは陽当たりのいい居間にベッドを入れて、横になっていらっしゃいました。

 

その部屋にはアップライトのピアノが置いてあり、また水槽の中には金魚が泳いでいます。

 

ベッドのかたわらにこたつを置いて、そこで奥さんが仮眠をとりながら、痰の吸引や体位交換をしてくれています。

 

年末年始とはいえ、入り込む日差しは温かく、ときどき薄く目を開けて、周りの様子をうかがった後、また高橋さんは目を閉じます。

 

ご自分がとても厳しい状況であることはもちろんわかっていらっしゃると思います。

 

また気管切開のために、声を出すこともできません。

 

痛み止めを使用しているとはいえ、体中の骨に転移したがんによる痛みもまだ完全には消えていません。

 

食事も口からとることはできません。

 

たいへん苦しい状態であることは間違いないのですが、表情は穏やかです。

 

このような状況になると、早く楽になりたいと皆さん考えるようです。

 

高橋さんもおそらくそう考えていらっしゃったと思います。

 

でも、皆さん、最後にもうひと踏ん張りをされます。

 

高橋さんも、その最後のひと踏ん張りを今まさにされています。

 

なぜでしょうか? やはり家族のためではないでしょうか? 

 

少しでも長く家族とともにいたい。

 

そして病気と闘っている姿を見せたい。そして、いい思い出を少しでも残したい。

 

そんな思いではないでしょうか?

 

高橋さんを拝見していると、そんな思いで頑張っていらっしゃるのが伝わってきます。

 

そして、そのような頑張りは、自宅においてこそ、より光り輝くような気がしました。

 

高橋さんの意識も少しずつ遠のいていき、ある朝、静かに一生を閉じられました。

 

野末からのひとこと

 

在宅でのがんの痛みのコントロールは、ほぼ入院中と変わりなく行うことができます。

 

使用する薬剤としては、通常の痛み止めに加えて、医療用麻薬といわれている、モルヒネを代表とした麻薬を中心として使用します。

 

薬剤投与の経路としては、普通に口から飲む「経口投与」、皮膚に貼って投与する「経皮的投与」、肛門から直腸に入れて使用する「座薬」、そして高橋さんで用いた「皮下投与」。

 

がんの末期状態になると、口から物を飲みこめなくなる方が多いので、在宅では、できるだけ早く経口薬から、皮膚に貼る痛み止めの貼付薬に移行するように考え、さらには座薬、皮下注射も必要に応じて使用するようにしています。

 

ですから、以前恐れられていたような、がんの最後は痛みで七転八倒するというようなことは、見られなくなりました。